心のどこかで人の反応を気にしているあなたへ。

考え方

どちらの方が幸せ?

この世に2通りの人生があるとします。あなたはどちらの方が幸せだと思いますか?

1つ目の人生。

自分の思うことを信念のままに発信して生きる。そして生きている間に多くの人から支持を得て世の中の流れをつくる。しかし、死後はその発信内容について批判されることの多い人生。

2つ目の人生。

1つ目の人生と同じく、自分の思うことを信念のままに発信して生きる。しかし、1つ目の人生とは違い周囲の反応はいまいちで、特に陽の目を浴びることもなく一生が終わる。ところが自分の死後、その発信内容が多くの人たちに影響を与えることとなる人生。

さて、あなたならどちらの人生を選ぶ?

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自分の幸せの基準をどこに置くのか。

さあ、決まったでしょうか。

難しかったですか?

ちなみにわたしはとても考えました(笑)

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実はこの2つの人生は2人の哲学者、ヘーゲルとショーペンハウアーが実際に送ったもの。

なんとなく聞いたことのある名前かと思います。

ある本を読んでいる時にこの2人の人生を知り、わたしはとても考えてしまいました。

「もしこの2つの人生のどちらかを歩むのなら、わたしはどちらが幸せだと感じるのだろう?」と。

「別に自分のことを発信しようとは思わない。この質問自体があてはまりません。」という方は今回はそっと見守っていて欲しいです(笑)

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わたしの結論はこうでした。

『わたしは2つ目の人生、生きているうちはそこまで影響力を持たなくても、自分の死後に世の中に影響を与えるような人生を歩みたい。』

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理由は次のような流れになります。

まず、自分の思うことを思うように発信する生き方自体、簡単なようで実は結構すごいことなんじゃないだろうかと思うのです。

日本人は特に無意識的に周りの意見に合わせたり、周りと比べ1人意見が違う自分をとっさに引っ込ませたりするのが得意です。

そんな中で自分の思っていることをちゃんと話せる、その時点で幸せだなと。

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でも、やはり人間である以上、生きている間に支持があるのとないのとでは精神的な状態は違うようにも思う。

ヘーゲルが大勢のファンに囲まれながら講義をしているその隣で、数もまばらな聴衆に対して熱弁するも生涯その活動にスポットライトが当てられなかったショーペンハウアーは、決して「思ったことを言えているだけで幸せ」という感情だけではなかったはずです。

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そして死。死んだ後自分がどうなるかなんて、生きている人には誰もわかりません。死を迎えた時点で、本人はその後自分の発信内容がどのような評価をされているのかは知るよしもない。

しかし、自分よりも若い世代は先代がやってきたことを間接的に受け継ぐことになります。その内容によっては、誇りになることも恥になることもある。

(生きてる時も死んだ後も「しょうもないヤツだった」と言われてしまう人もいるかもしれませんが、数的にはそんなに多くないような気がするのでそこは割愛。最低限そんな人生にはならないようにしたい(笑))

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ここまで考えて、わたしは「自分の思うことを信念に従って発信した結果、生きている間に反応がなかったとしても、後の時代で誰かに勇気や元気を与えられるならそれがいいな。だって、たとえ反応がなくてその時苦しいと感じたとしても、自分の信念は曲げずに生きることができたという誇りは持てるから。」という結論を出しました。

いやあ、長かった(笑)

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別にここまで長くなくても、あなたにもきっと何段階か考える基準があったはずです。

「やっぱりこの人生でたくさんの人に応援されたい!」と思えばそれでいいし、そこがあなたにとっての「幸せの基準」になるんじゃないかなと思います。全部正解です。

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”どう考えてもそこにしか行きつかない考え”こそ、自分の本当の気持ち。

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結局なにが言いたいのかというと、「どんな風に考えたとしても心から湧き上がってきてしまう感情や思考こそ自分が本当に思っていることで、それは人と同じとは限らない」ということ。

質問自体に意味があるというよりも、結論を出す過程が大事なのです。

結論は一緒でも、結論に至るまでの工程も含めてわたしと全く同じ考えになった人は恐らくそんなにいないだろうし、「何わけわからんこと考えちゃってんの?この人」と思っている人もいて当然だと思っています(笑)

それでも、わたしのこの工程と結論は揺るがない。こういう風に考えること自体も、誰かに後ろ指刺されようとも辞められない。

たとえアンチが来てもあっけらかんと開き直れちゃうくらいどうしようもなく溢れ出る自分の中の感情・考え・そして行動。それこそが個性。あなたです。

だから、もし心のどこかで人の目や反応が気になってしまう時があるならば、自分の言動に下心がないか今一度確認してみましょう。

「これやってる自分、言っている自分、かっこいいと思われるかな?いいなあと思われるかな?すごい人だと思われるかな?」

ちょっとでもそんな考えでやっていることがあって、それが自分を苦しめているなら、発言・行動を一旦ストップして、自分の声を聴いてみる時なのかもしれません。

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今回この問いを考えてみて、わたし自身まだまだたくさんの下心と向き合っていく必要があるなと思いました(笑)

これからはより一層、自分の発信内容を洗練させていけるよう楽しんで努力していきます!

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2021.01.20 Wed

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