やっぱり、わたしは凡人だった。

考え方

世の中には、どう考えても才能を与えられていると思うような「Talented(タレンテッド:直訳は『天から与えられた』)」な人がいる。

好きなことを好きなようにやって、お金も愛も、社会的地位や名声すらも手に入れてしまう。

(それがうらやましいと思うか、いいことなのかどうかは、今は議論しない)

そういう人を見ているとパワーをもらえるし、「自分も才能がある。好きなように生きよう!」と前向きな気持ちになれる。

普通に過ごしていると陰の気のほうが強い「凡人タイプ」のわたしとしては、とてもありがたいことだ。

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わたしもすべての人には才能があると思っている。

ただし、最初はみんな「タネ」を持っている、と思っている。

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そのタネは一見、何の花が咲くのか見当がつかない。

放っておいても芽が出るのか、土に入れて水やりをするのがいいのか。

水やりの頻度は毎日か、それとも1か月に1回でいいのか。

それを試しながら、自分なりの正解を探していく。それが人生だと思っている。

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「Talented」な人は、ヒマワリのタネだ。

タネの状態から目立ち、なんの花が咲くのかわかりやすい。

太陽の方向に向かって真っすぐと伸びていく姿がかっこいい。

では、凡人のタネは?

アサガオ?チューリップ?マリーゴールド?

いずれにしても、ヒマワリのタネではないことは明らかだ。

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チューリップに「お前はヒマワリになれ!」と言ってもなれない。ならない。

サボテンに「ヒマワリのように大きな黄色い花よ咲け!」と頻繁に水やりをしたら腐ってしまう。

コケを乾燥した場所に連れて行って日を当てまくったら枯れてしまう(かもしれない)。

自分の花の咲かせ方は、自分で試していくしかない。

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雨を否定し怖がってても、実際雨にあたってみるときれいに見えたりもするかもしれない。

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「凡人」は悪い言葉ではない。

凡人は決して才能をあきらめた時に使うものではない。

「わたしはわたしだ。あなたとは違う人生を歩んできた、一個性的人間だ。」と自分を自分だと認める言葉だ。

凡人は、凡人であるという自覚をして初めて「Talented」と同じスタートラインに立てる。

凡人が「わたしはヒマワリのタネだ!」と、チューリップのタネである自分をちゃんと見ようとせずに言い続けているうちは、そのチューリップのタネは「夢見るタネ」のままだ。

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地に足をつけ、コツコツとやるのが必要な時もあろう。

周りが短期間で活躍していく姿を見ながら、なかなか花が咲かずに悔しかったり焦ったりする時もあろう。

それでも凡人は、凡人として努力をする。

凡人として、その人生を思いきり楽しむ。

凡人という「個性」を最大限にフル活用しながら、巨大な「凡人の花」を咲かせるのだ。

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ヒマワリだと思いたかったわたしは、やっぱり凡人だった。

好き勝手にさぼったりしたけど、やっぱりブログもYouTubeも凡人として努力していこうと思う。

ということで、投稿頻度上げます。

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2020.06.28 Sun

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