じぶんだけのいろを大切にする。

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他人との価値観の違いに悩まされる時があります。

自分は良かれと思ってしたけれど、相手にいい顔をしてもらえない。

逆に、相手の言動や思想に「そんなことってある?」と、疑問や不満をもつ。

人と接していれば必ず起こることなんだと思います。

でも、これが意外と厄介で。

特に「優しい人」「いい子」として育ってきた人には、思った以上に本人を悩ませることがあるようです。

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先日、ある知り合いのお家に遊びに行きました。

旦那様が経営者、奥様はお医者さんとしてバリバリ働いたのち、今は旦那様と一緒に仕事をされています。2人の子どもはどちらも成人し、ともに志高く仕事に励んでいます。

彼らと一日中一緒にいて色々な話をする中で、いくつか心に引っかかった部分がありました。

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家族の誰かが、「先日○○をして○○円稼いだ」という報告をした時、全員が「いいねえ!」という喜びの反応をしました。どうやら彼らの中では「稼ぐこと=いいこと」のようでした。

今度は、奥様が子どもたちに食べ物を勧め、下の子が「いらない」と断ったとき、両親そろってとても残念そうな顔をしました。

また、痩せ型のわたしを見るといつも「もっと食べなさい」「栄養が足りてないのではないか」と心配してくれます(外国の方なので物言いはとてもストレートです(笑))。

なぜそんなに食べろというのか聞いたところ、「痩せている=貧乏」というイメージがあるとのことでした。「痩せている=貧乏=稼いでいない=悪いこと」ということになります。

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彼らの会話を聞いているうちに、わたしはこんな風に思うようになっていきました。

「稼いでいない自分は悪い人なのか?」

「痩せ型の自分は悪いのか?」

冷静になって考えれば、別にそんなことはないとわかります。

でも、人は環境の生き物。

彼らと同じ時間を過ごせば過ごすほど、そんな風に考えるようになったのです。

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ここからが苦悩の始まりでした。

人生の再スタートを切ったばかりとは言え、ぶらぶらと職に就かずに片足を突っ込み、稼いでいない自分に罪悪感と嫌悪感が出てきました。

自分でも気になっていた特に痩せている箇所がコンプレックスになってきました。

考えれば考えるほど、「わたしもなにか自分で稼がなければ」「なんで肉がつかないんだろう」とぐるぐる焦って、「痩せている=貧乏=稼いでいない=悪いこと」の方程式が頭を支配するようになってしまいました。

わたしは自分のことがどんどん嫌いになっていたのです。

彼らと一緒に食べた夕食。お腹がはち切れそうになるほど食べさせられました。

それからしばらくしたある時、ふと「これは価値観の基準の問題だ」と思いました。

いい悪いはすべて、その人の価値観の中の問題なんだ。

違う環境で育ってきたのだから、違う価値観をもつのは当たり前。

彼らはわたしに「彼らの価値観でのよい状態」になってもらいたくて、たくさんアドバイスしてくれていたのだ。

その「よい」が、わたしの「よい」とは種類が違っただけの話。

そう思ったら、こころがすうっと軽くなっていったのを覚えています。

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世の中にはたくさんの情報が流れています。

「幸せになる方法」「成功者になるには」「人生に迷ったらやるべきこと」…

スマホで検索すれば、たくさんのアドバイスが延々と自分にプレゼンしてくる。

友達や知り合いに相談したら、きっと彼らはあなたに「よく」なってもらいたくてたくさんアドバイスをくれます。

でも、それは彼ら基準の「よい」。他人の「よい」なのです。

必ずしもあなた基準の「よい」と一致しているかはわからない。

だから、よく自分の声に耳を澄まして、自分基準の「よい」に心を寄せていきましょう。

すると、誰のものでもない自分だけの「よい人生」が開けていくはずです。

 

大好きなレオ・レオニの作品のひとつ。
染まりやすい自分に悩む姿を、
つい自分と重ね合わせてしまいます。

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